SES事業での起業を検討しているエンジニアや経営者にとって、事前準備は成功を左右する重要な要素です。資金はいくら必要なのか、どんな手続きが必要なのか、エンジニアはどう採用すればいいのか、準備すべき項目は多岐にわたります。
しかし、SES事業は参入障壁が低いと言われる一方で、準備不足のまま起業すると資金ショートやエンジニア不足で早期に事業が立ち行かなくなるリスクがあります。実際に、キャッシュフロー管理の甘さや採用戦略の失敗により、黒字倒産に陥るSES企業も少なくありません。
この記事では、SES起業に必要な準備項目を4つのカテゴリに分けて解説し、資金調達の具体的な方法、会社設立の手順、エンジニア採用の準備まで、成功するために押さえておくべきポイントを詳しく説明します。
SES事業で起業する前に行うべき市場調査と事業戦略
SES事業で起業する前に、市場環境を正確に把握し、自社の強みを活かせる事業戦略を立てることが不可欠です。競合が多いSES業界では、準備段階での調査と戦略立案が成功の鍵を握ります。
起業前に準備すべき調査と戦略として、以下の3つがあります。
- 市場調査で把握すべき情報
- 競合調査の実施方法
- 差別化戦略の立案
それぞれの調査と戦略には明確な目的があり、準備段階でしっかり取り組むことによって、起業後の失敗リスクを大幅に減らすことができます。以下では各項目について詳しく解説していきます。
市場調査で把握すべき情報
市場調査では、SES事業の市場規模、需要動向、料金相場を把握することが重要です。経済産業省の試算によれば、2030年には最大約79万人のIT人材が不足すると見込まれており、SES市場は今後も拡大が予想されます。
調査で把握すべき具体的な情報は以下のとおりです。
| 調査項目 | 把握すべき内容 |
|---|---|
| 市場規模 | IT業界全体の市場規模 SES市場の成長率と将来予測 |
| 需要動向 | 求められている技術領域 クライアント企業が抱える課題 |
| 料金相場 | エンジニアの単価水準 スキルレベル別の相場感 |
| 地域特性 | 拠点予定地域のIT企業数 地域ごとの案件傾向 |
市場調査を通じて業界の現状を把握することにより、どのような専門知識が必要になるのか、顧客からどのようなスキルが求められているのかを明確にできます。この情報をもとに、自社が提供すべきサービスの方向性を定めることが可能になるでしょう。
競合調査の実施方法
競合調査は、自社が業界で生き残れるかどうかを判断するための重要なステップです。SES業界には10,000社以上の企業が存在すると言われており、競合他社の強みと弱みを把握しなければ差別化は困難です。
競合調査で確認すべき項目は以下のとおりです。
- 競合企業が提供しているサービス内容
- エンジニアの単価設定と料金体系
- 採用活動の方法と採用媒体
- 営業戦略と顧客開拓の手法
- 企業規模と売上実績
競合他社の情報は、企業のホームページ、求人サイト、業界ニュース、SNSなどから収集できます。複数の競合企業を調査することによって、業界の標準的なサービス水準や価格帯を把握し、自社の改善点や課題を洗い出すことができるでしょう。
差別化戦略の立案
差別化戦略は、競合他社に対抗するための独自の強みを明確にする作業です。参入障壁が低いSES業界では、他社と同じサービスを提供しているだけでは埋もれてしまいます。
差別化戦略の立案では、以下のポイントを検討する必要があります。
| 差別化の切り口 | 具体的な戦略例 |
|---|---|
| 特定技術への特化 | AI、クラウド、セキュリティなど 先端技術分野に強みを持つ |
| 業界特化 | 金融、製造、医療など 特定業界の知見を蓄積する |
| 高還元率モデル | エンジニアへの還元率を70%以上に設定し 優秀な人材を確保する |
| 育成体制の充実 | 未経験者を育成するプログラムを整備し 長期的な人材確保を図る |
競合他社が持っていない強みを自社で生み出せないか、エンジニアのスキルを組み合わせて独自性のあるサービスを提供できないかを検討しましょう。差別化戦略を明確にすることによって、営業活動やエンジニア採用においても一貫したメッセージを発信できるようになります。
SES事業での起業に必要な資金と調達方法
SES事業の起業には、会社設立費用だけではなく、エンジニアへの給与支払いや採用活動費など、継続的な運転資金が必要です。資金準備を怠ると、黒字であっても資金ショートにより倒産するリスがあります。
資金準備において重要な項目として、以下の3つがあります。
- 必要な資本金の目安
- 資金調達の方法
- キャッシュフロー管理の準備
それぞれの項目には具体的な金額の目安や調達手段があり、起業前に十分な資金計画を立てることが成功への第一歩です。以下では各項目について詳しく解説していきます。
必要な資本金の目安
SES事業を起業する際の資本金は、最低でも300万円から1,000万円程度を用意しておくことが望ましいとされています。資本金の額は会社の信用度を示す指標であり、融資を受ける際や取引先との契約時にも重要な要素です。
SES起業に必要な初期費用の内訳は以下のとおりです。
| 費用項目 | 金額の目安 |
|---|---|
| 会社設立費用 | 株式会社で約25万円 合同会社で約10万円 |
| オフィス賃貸費用 | 初期費用で30万円から50万円 月額家賃5万円から15万円 |
| 人材採用費用 | 求人広告で月額10万円から30万円 採用成功報酬で50万円から100万円 |
| 運転資金 | 6ヶ月分の固定費として 300万円から600万円 |
| システム・ツール導入 | 勤怠管理ツールなどで 月額数万円から10万円 |
SES事業では、クライアントからの入金前にエンジニアへの給与支払いが発生するため、支払いサイトの関係で最大2ヶ月分の給与を先払いする必要があります。仮にエンジニア5名を雇用し、平均月給50万円とすると、2ヶ月分で500万円の資金が必要です。
資本金1,000万円程度を用意しておけば、半年間売上が発生しなくても事業を継続でき、エンジニア採用や営業活動に集中できるでしょう。資金に余裕を持たせることによって、予期せぬトラブルや出費にも対応できます。
資金調達の方法
起業資金を調達する方法は複数あり、自己資金だけで賄えない場合は外部からの資金調達を検討する必要があります。SES起業で活用できる主な資金調達方法を理解しておきましょう。
主な資金調達方法は以下のとおりです。
- 自己資金での調達
- 日本政策金融公庫からの融資
- 銀行融資
- 助成金や補助金の活用
- エンジェル投資家やベンチャーキャピタルからの出資
自己資金を使うことで返済義務がなく、経営の自由度が高まりますが、すべてを自己資金で賄う場合は資金不足のリスクもあります。日本政策金融公庫の新規開業資金や新創業融資は、創業初期の企業向けに金利が低く設定されており、返済条件も柔軟です。
銀行融資は実績がない創業初期には審査が厳しい傾向がありますが、事業計画書をしっかり準備することによって融資を受けられる可能性があります。助成金や補助金は返済不要ですが、申請要件を満たす必要があり、専門家に相談するのも有効な手段でしょう。
キャッシュフロー管理の準備
SES事業では、クライアントからの入金よりもエンジニアへの給与支払いが先に発生するため、キャッシュフロー管理が事業継続の生命線です。売上が順調に推移していても、入金前に資金が枯渇すれば黒字倒産に陥ります。
キャッシュフロー管理で準備すべき項目は以下のとおりです。
| 管理項目 | 準備内容 |
|---|---|
| 支払いサイトの把握 | クライアントごとの入金サイクルを確認 月末締め翌月払いか翌々月払いかを把握 |
| 資金繰り表の作成 | 月次の入金予定と支払予定を可視化 資金不足になる時期を事前に予測 |
| 予備資金の確保 | 最低3ヶ月分の固定費を常に確保 緊急時に対応できる体制を整える |
| 会計ソフトの導入 | リアルタイムで収支を把握できるツール freeeやマネーフォワードなどを活用 |
契約によっては月末締めで最大60日後に入金となる場合もあり、従業員の給料が月末締め翌月20日払いだとすると、2回分の給料支払いに耐えうる資金を手元に残しておかなければなりません。売掛金の入金管理を怠ると、いくら売上が順調でも資金が回らなくなります。
キャッシュフロー管理の準備を整えることによって、資金ショートのリスクを最小限に抑え、安定した事業運営が可能になるでしょう。起業前に資金繰り表を作成し、想定される入金と支払いのタイミングをシミュレーションしておくことが重要です。
SES事業の会社設立に必要な準備
SES事業を法人として起業する場合、会社形態の選定から必要書類の準備、オフィスの確保まで、複数の手続きを進める必要があります。これらの準備を計画的に行うことによって、スムーズな会社設立が実現します。
会社設立に必要な準備として、以下の3つがあります。
- 会社形態の選定
- 必要書類の準備
- オフィスの準備
それぞれの準備には法的な要件や選択肢があり、事業の将来を見据えた判断が求められます。以下では各項目について詳しく解説していきます。
会社形態の選定
会社を設立する際には、株式会社、合同会社、合資会社、合名会社の4つの会社形態から選択する必要があります。SES事業では、株式会社または合同会社を選ぶケースが一般的です。
主な会社形態の比較は以下のとおりです。
| 会社形態 | 設立費用 | 信用度 | 出資者責任 |
|---|---|---|---|
| 株式会社 | 約25万円 | 高い | 有限責任 |
| 合同会社 | 約10万円 | 中程度 | 有限責任 |
| 合資会社 | 約10万円 | 低い | 有限責任と無限責任が混在 |
| 合名会社 | 約10万円 | 低い | 無限責任 |
株式会社は設立費用が高いものの、社会的な信用度が高く、融資を受ける際や取引先との契約時に有利です。合同会社は設立費用を抑えられますが、株式会社と比べると知名度や信用面で劣る場合があります。
合資会社と合名会社は、出資者が無限責任を負うため、会社の負債や損失があった場合に個人財産まで責任を負うリスクがあります。SES事業で将来的な事業拡大やM&Aを視野に入れている場合は、株式会社を選択することが望ましいでしょう。
必要書類の準備
会社設立には、税務署や法務局に提出する複数の書類を準備する必要があります。株式会社を設立する場合、以下の書類が必要です。
株式会社設立に必要な書類は以下のとおりです。
- 登記申請書
- 登録免許税の収入印紙貼付台紙
- 登記すべき事項を記載した書面
- 定款
- 取締役の就任承諾書
- 資本金の払い込みを証明する書面
- 印鑑届書
- 印鑑証明書
定款には、会社名、事業目的、本店所在地、資本金などを記載します。事業目的には「システムエンジニアリングサービス事業」「ITエンジニアの派遣、紹介及び育成」「ソフトウェア受託開発・研究開発・コンサルタント業務」などを記載するのが一般的です。
将来的に事業を拡大する計画がある場合は、現時点で行わない事業も事業目的に含めておくことができます。書類の準備には時間がかかるため、起業予定日の2ヶ月前から準備を始めることが推奨されます。
オフィスの準備
会社設立には本店所在地の登録が必須であり、オフィスまたは事務所を準備する必要があります。SES事業では、エンジニアはクライアント先に常駐するため、大規模なオフィスは不要です。
オフィスの選択肢は以下のとおりです。
| オフィス種類 | 月額費用 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 賃貸オフィス | 5万円から15万円 | 信用度が高い 商談や面接に利用可能 |
初期費用が高い 固定費負担が大きい |
| レンタルオフィス | 3万円から10万円 | 初期費用を抑えられる 設備が整っている |
プライバシーが限定的 拡張性が低い |
| バーチャルオフィス | 5千円から3万円 | コストが非常に低い 都心の住所を利用可能 |
物理的な作業スペースなし 信用面でやや劣る |
| 自宅 | 0円 | コストゼロ 契約手続き不要 |
住所が公開される 信用面で不利 |
自宅を本店所在地として登録すれば新たな契約が不要ですが、会社の登記により住所が公表されるためプライバシー面で注意が必要です。賃貸オフィスは信用面において有利ですが、初期費用と固定費が高額になります。
起業初期は固定費を抑えることが重要なため、バーチャルオフィスやレンタルオフィスを活用し、事業が軌道に乗ってから賃貸オフィスに移転する選択肢も有効でしょう。オフィスの住所は名刺や会社ホームページに記載されるため、アクセスしやすい場所を選ぶことも検討すべきポイントです。
SES起業に必要なエンジニア採用と営業準備
SES事業では、エンジニアの確保とクライアント企業の開拓が収益に直結するため、起業前から採用活動と営業活動の準備を整えておく必要があります。準備不足のまま起業すると、エンジニアが集まらず案件を受注できない状況に陥ります。
エンジニア採用と営業活動において準備すべき項目として、以下の3つがあります。
- エンジニア採用の準備
- 協力企業の開拓準備
- 営業ツールの準備
それぞれの準備には具体的な手法とツールがあり、起業前に計画を立てることによって、スムーズな事業立ち上げが可能になります。以下では各項目について詳しく解説していきます。
エンジニア採用の準備
SES事業の成功は、質の高いエンジニアを確保できるかどうかにかかっています。起業前から採用チャネルを決定し、求人情報の準備や採用基準の設定を行っておく必要があります。
エンジニア採用で準備すべき項目は以下のとおりです。
| 準備項目 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 採用媒体の選定 | エンジニア特化型求人サイト 転職エージェントとの提携 SNSを活用した採用活動 |
| 求人情報の作成 | 年収・月給の設定 福利厚生の内容 必要スキル・資格の明記 |
| 採用基準の設定 | 技術スキルの評価項目 コミュニケーション能力の判断基準 採用単価の上限設定 |
| 面接プロセスの設計 | 書類選考の基準 技術面接の質問項目 最終面接の実施方法 |
採用媒体は、掲載課金型と成果報酬型があり、それぞれにメリットとデメリットがあります。掲載課金型は月額費用がかかりますが、応募数に制限がなく、成果報酬型は採用が決まった時点で費用が発生するため初期費用を抑えられます。
エンジニアの登録者数が多く、スカウト機能がある採用媒体を選ぶことによって、効率的な採用活動が可能になります。求人情報には、市場価値に見合った報酬体系やスキルアップを支援する教育制度を明記し、エンジニアにとって魅力的な環境であることを伝えることが重要です。
協力企業の開拓準備
SES事業では、自社でエンジニアを確保できない場合に、協力企業から人材を調達してクライアントに提供するビジネスモデルもあります。起業初期は自社エンジニアが少ないため、協力企業との関係構築が事業の成否を左右します。
協力企業の開拓で準備すべき項目は以下のとおりです。
- SES業界の人脈リストを作成する
- SNSで営業担当者をフォローする
- 業界イベントや勉強会に参加する
- 協力企業との契約書のひな型を準備する
- 自社の強みをアピールできる資料を作成する
SES業界では、クライアントから流れてきた案件情報やエンジニアの人材情報が企業間で共有されているため、協力企業との関係構築が重要です。現在ではSES企業の営業担当者が積極的にSNSを活用しているため、TwitterやLinkedInでフォローし、メッセージを送って打ち合わせを依頼するのも有効な手段です。
協力企業は1社だけではなく、複数の企業と関係を築くことが望ましいでしょう。案件内容に偏りが出ないようにするためにも、様々なSES企業にアプローチをかけ、その中で交流を深められそうな企業を見つけていくことが大切です。
営業ツールの準備
SES事業では、クライアント企業への営業活動を効率的に行うためのツールや資料を事前に準備しておく必要があります。営業ツールが整っていないと、案件受注の機会を逃すリスクがあります。
営業活動で準備すべきツールは以下のとおりです。
| ツール・資料 | 目的と内容 |
|---|---|
| 会社案内資料 | 会社概要と事業内容 提供できる技術領域 過去の実績や強み |
| エンジニアスキルシート | エンジニアの経歴と保有スキル 参画可能な時期 希望単価 |
| 契約書のひな型 | 準委任契約書のテンプレート 機密保持契約書 業務委託基本契約書 |
| 顧客管理ツール | 営業先リストの管理 商談履歴の記録 フォローアップの管理 |
会社案内資料は、初回営業時にクライアントに自社を知ってもらうための重要なツールです。提供できるサービス内容や自社の強みを明確に記載し、他社との差別化ポイントを伝えられる資料を準備しましょう。
エンジニアスキルシートは、案件にマッチする人材を提案する際に必須の資料です。起業前から、協力企業のエンジニアや採用予定のエンジニアのスキル情報を整理しておくことによって、営業活動をスムーズに進められます。顧客管理ツールは、無料のスプレッドシートでも代用できますが、事業が拡大してきたらCRMツールの導入を検討するとよいでしょう。