SES契約で働くエンジニアやSES事業を展開する企業にとって、クライアント企業からスキルシートの提出を求められることは珍しくありません。しかし、スキルシート提出が偽装請負に該当し、違法と判断されるケースがあることをご存知でしょうか。
偽装請負と判断された場合、行政処分や刑事罰だけではなく、労働契約申込みみなし制度によって想定外の雇用関係が発生するリスクもあります。自社の運用が適法かどうか、不安を感じている方も多いでしょう。
この記事では、SES契約におけるスキルシート提出が違法となる条件、偽装請負の判定基準である37号告示の内容、適法に運用する方法、そして違法と判断された場合のリスクについて詳しく解説します。
SES契約でスキルシート提出が違法となる条件
SES契約において、クライアント企業がSES企業にスキルシートの提出を求める行為自体は、必ずしも違法ではありません。しかし、スキルシートの使い方や提出後の対応によっては、偽装請負と判断されるリスクがあります。ここでは、違法となる3つの条件を紹介します。
- 委託者が労働者の配置決定をおこなう場合
- 個人を特定できるスキルシートで選別する場合
- スキルシート提出後に直接指示をおこなう場合
それぞれの条件は、厚生労働省が定める37号告示に基づいて判断されます。これらの条件に該当すると、SES契約が実質的に労働者派遣と同じ状態になり、偽装請負と判断される可能性が高まります。
それでは各項目について、詳しく解説していきます。
委託者が労働者の配置決定をおこなう場合
委託者がスキルシートを基に、どのエンジニアをどの業務に配置するかを決定する行為は、偽装請負に該当します。37号告示では、労働者の配置や変更の決定権は受託者が持つべきと明確に定められているためです。
違法となる具体例は、以下の通りです。
- 委託者がスキルシートを確認し、特定のエンジニアを指名する
- 委託者が「このエンジニアはこの業務に配置してほしい」と要求する
- 委託者が複数のスキルシートから特定の人物を選択する
このような行為は、委託者が実質的に指揮命令権を行使していると判断されます。SES契約では、受託者であるSES企業が自社の判断で労働者を配置し、業務を管理する必要があります。委託者の介入は、契約形態の実態を労働者派遣に変質させるため、違法となるのです。
個人を特定できるスキルシートで選別する場合
スキルシートに氏名、年齢、顔写真など個人を特定できる情報が含まれており、委託者がそれを基に労働者を選別する行為は違法です。厚生労働省の疑義応答(Q7)では、個人を特定できないスキルシートであれば直ちに偽装請負とは判断されないとしていますが、逆に言えば個人特定が可能な場合は問題があるということです。
個人を特定できるスキルシートの例は、以下の通りです。
| 記載項目 | リスク |
|---|---|
| 氏名 | 個人を完全に特定できるため、委託者による指名行為につながる |
| 年齢・生年月日 | 他の情報と組み合わせて個人を特定できる |
| 顔写真 | 最も直接的に個人を特定できる情報 |
| 詳細な経歴 | 特定のプロジェクト名や企業名から個人を推測できる |
委託者が個人を特定できる状態でスキルシートを受け取り、特定の者の就業を拒否したり指名したりする行為は、労働者派遣における事前面接と同じ機能を果たしていると判断されます。これは偽装請負の典型的なパターンであり、法令違反となるでしょう。
スキルシート提出後に直接指示をおこなう場合
スキルシートを提出した後、委託者が受託者の労働者に対して直接業務指示をおこなう場合も違法です。スキルシート提出が適法であっても、その後の運用次第では偽装請負と判断されます。
違法となる直接指示の例は、以下の通りです。
- 委託者の担当者が受託者の労働者に直接業務内容を指示する
- 委託者が労働時間や勤務場所を指定する
- 委託者が受託者の労働者を評価し、配置転換を要求する
- 委託者が受託者の労働者の勤怠管理をおこなう
SES契約では、業務の遂行方法や労働者の管理は受託者が責任を持つ必要があります。委託者が直接指示をおこなうことは、実質的に労働者派遣と同じ状態を作り出しているため、偽装請負と判断されるのです。スキルシート提出は適法であっても、その後の指揮命令関係が適切でなければ、全体として違法となることを理解しておく必要があります。
SES契約でスキルシートが違法にならないようにする方法
SES契約におけるスキルシート提出が違法とならないようにするには、適切な運用ルールを設けることが重要です。厚生労働省の疑義応答やガイドラインに基づけば、スキルシート提出自体は禁止されていませんが、その使い方次第で違法と判断されます。ここでは、適法に運用する3つの方法を紹介します。
- 個人を特定できない形式で提出する
- 受託者が労働者配置を決定する
- スキルシート提出のみにとどめる
それぞれの方法は、37号告示の要件を満たしながら、クライアント企業の要求にも応えられる実務的なアプローチです。これらを実践することで、偽装請負のリスクを大幅に低減できます。
それでは各項目について、詳しく解説していきます。
個人を特定できない形式で提出する
スキルシートを適法に運用する最も基本的な方法は、個人を特定できない形式でスキルシートを作成することです。厚生労働省の疑義応答(Q7)では、個人を特定できるものではなく、委託者がそれによって個々の労働者を指名したり特定の者の就業を拒否したりできるものでなければ、直ちに偽装請負とは判断されないとしています。
個人を特定できない形式の具体例は、以下の通りです。
- 氏名の代わりに「エンジニアA」「技術者1」などの匿名表記を使用する
- 年齢や生年月日を記載せず、経験年数のみを記載する
- 顔写真を掲載しない
- 特定のプロジェクト名や企業名を伏せて「大手EC企業向けシステム開発」などと記載する
- 複数のエンジニアのスキルをまとめた一覧形式で提出する
このような形式であれば、委託者は技術レベルや経験年数を把握できますが、特定の個人を指名することはできません。受託者が最終的にどの労働者を配置するかを決定する余地が残るため、偽装請負と判断されるリスクが低減されます。
受託者が労働者配置を決定する
スキルシートを提出した後も、最終的な労働者の配置決定権は受託者が保持する必要があります。委託者がスキルシートを参考にすることは認められますが、労働者の選定や配置は受託者が自社の判断でおこなうことが重要です。
適法な配置決定のプロセスは、以下の通りです。
| ステップ | 内容 |
|---|---|
| 1. 要件確認 | 委託者から業務内容と必要なスキルレベルを確認する |
| 2. スキルシート提出 | 複数のエンジニアのスキルシート(個人特定不可)を提出する |
| 3. 受託者による選定 | 受託者が自社の判断で最適なエンジニアを選定する |
| 4. 配置決定 | 受託者が正式に労働者を配置し、委託者に通知する |
このプロセスにおいて、委託者が「このエンジニアを配置してほしい」と指名したり、「このエンジニアは不可」と拒否したりすることは認められません。委託者はあくまで「このレベルのスキルが必要」という要件を伝えるにとどめ、具体的な人選は受託者がおこなう必要があります。契約書にも、労働者の配置決定権が受託者にあることを明記することが推奨されます。
スキルシート提出のみにとどめる
スキルシートを提出した後、委託者との関係を適法に保つには、スキルシート提出という情報提供行為のみにとどめることが重要です。スキルシート提出後に委託者が受託者の労働者に直接指示をおこなったり、面談をおこなったりすることは避ける必要があります。
スキルシート提出後に避けるべき行為は、以下の通りです。
- 委託者が受託者の労働者と個別面談をおこなう
- 委託者がスキルシートの内容について労働者本人に直接質問する
- 委託者が労働者の採用可否を判断する
- 委託者が労働者の勤怠管理や業務進捗管理をおこなう
厚生労働省のガイドラインでは、SES契約における事前面談も偽装請負のリスクがあるとされています。スキルシート提出はあくまで技術レベルの確認手段であり、その後は受託者が責任を持って業務を遂行することが原則です。委託者との連絡窓口は受託者の管理責任者に一本化し、労働者への直接的な関与を避けることで、適法な運用が可能になります。