SES契約における準委任契約と指揮命令権の関係
SES契約を利用する際に、誰が指揮命令権を持つのか曖昧なまま業務を進めてしまうケースは少なくありません。SES契約は準委任契約に該当するため、指揮命令権の所在を正しく理解することが偽装請負を防ぐ第一歩です。
SES契約における準委任契約と指揮命令権の関係を理解するために、以下の3つの観点から解説します。
- 準委任契約の基本的な特徴
- SES契約における指揮命令権の所在
- SES契約と派遣契約の指揮命令権の違い
それぞれの関係性を正確に把握することによって、適切な契約運用が可能になり、法律違反のリスクを回避できます。以下で詳しく解説していきます。
準委任契約の基本的な特徴
準委任契約とは、民法第656条で規定される契約形態で、法律行為以外の業務を委託する際に締結される契約です。SES契約は準委任契約の一種であり、成果物の完成ではなく業務の遂行そのものに対して報酬が支払われます。
準委任契約の主な特徴は以下のとおりです。
- 業務の遂行に対して報酬が発生する
- 成果物の完成義務を負わない
- 労働時間や工数が報酬の基準となる
- 受託者が独立した事業主体として業務を遂行する
請負契約では納期までに成果物を完成させる義務がありますが、準委任契約では適切に業務を進捗させることが求められます。この違いが指揮命令権の所在にも大きく影響するため、契約形態の正確な理解が必要です。
SES契約における指示系統と指揮命令権の所在
SES契約における指揮命令権は、クライアント企業ではなくSES企業側が保有します。SES企業の正社員エンジニアが常駐する場合、雇用契約に基づく指揮命令と労務管理の責任は全てSES企業が負うためです。
指揮命令権の所在に関する主なポイントは以下のとおりです。
| 立場 | 指揮命令権の有無 |
|---|---|
| SES企業 | あり 自社エンジニアに対して業務指示を行う |
| クライアント企業 | なし 直接エンジニアに指示を出せない |
| エンジニア | なし SES企業の指示に従って業務を遂行 |
クライアント企業が業務に関する要望や調整を行う場合、SES企業の責任者に対して契約に基づく依頼を出し、責任者からエンジニアへ業務指示を出す体制の構築が重要です。この体制を維持できない場合、偽装請負と判断されるリスクが生じます。
SES契約と派遣契約の指揮命令権の違い
SES契約と派遣契約は、エンジニアが常駐して業務を行う点では類似していますが、指揮命令権の所在において決定的な違いがあります。派遣契約では派遣先企業が指揮命令権を持ちますが、SES契約ではSES企業が指揮命令権を保有します。
両者の主な違いは以下のとおりです。
| 項目 | SES契約(準委任契約) | 派遣契約 |
|---|---|---|
| 指揮命令権 | SES企業が保有 | 派遣先企業が保有 |
| 雇用関係 | SES企業とエンジニアのみ | 派遣元と派遣先の両方 |
| 報酬の対象 | 業務の遂行(工数・時間) | 労働提供(工数・時間) |
| 所轄官庁 | 民法で規定 | 厚生労働省(労働者派遣法) |
| 労働者の義務 | 契約範囲内での業務遂行 | 派遣先への誠実労働義務 |
派遣契約では派遣先企業の業務命令に従う法的義務がありますが、SES契約では契約の範囲での履行請求に応じる義務はあっても、雇用労働者のような指導や懲戒処分を受ける立場にはありません。この違いを理解せずに運用すると、偽装請負として労働者派遣法違反に該当する可能性があります。
SES契約の準委任契約で指揮命令に該当する具体的なケース
SES契約において、どのような行為が指揮命令に該当するのか明確に理解していないと、意図せず偽装請負の状態を作り出してしまうリスクがあります。準委任契約では受託者の独立性を尊重する必要があるため、業務に関する指示には厳格な制限が設けられています。
指揮命令に該当する行為として、以下の4つのケースがあります。
- 業務プロセスに関する指示
- 作業時間に関する指示
- 業務場所に関する指示
- 契約外の業務に関する指示
これらの指示を行うと準委任契約の性質に反し、独立性を妨げることになるため注意が必要です。以下では各ケースについて詳しく解説していきます。
業務プロセスに関する指示
業務プロセスに関する指示とは、システム開発の手順や作業方法について、クライアント企業がSESのエンジニアに直接指示を出す行為を指します。準委任契約では、業務の遂行方法は受託者の裁量に委ねられるため、このような指示は指揮命令に該当します。
具体的に指揮命令に該当するケースは以下のとおりです。
- 使用するプログラミング言語や技術スタックを変更させる
- 突然の仕様変更に対して直接修正対応を指示する
- 業務の優先順位を変更して別の作業を先に行わせる
- 開発手法やコーディング規約を一方的に指定する
- 別のプロジェクトへ配置を変更する
業務仕様書やマニュアルに従った遂行を目的とする場合や、品質管理のための調整は業務の性質上必要な範囲と認められることもあります。しかし、契約上の正当な理由なく業務の遂行方法を指定したりやり直しを求めたりする行為は、指揮命令とされるおそれがあります。
作業時間に関する指示
作業時間に関する指示とは、始業時間や終業時間、休憩時間、残業などについて、契約書に記載された以外の内容をクライアント企業が指定する行為です。準委任契約では作業時間の決定も受託者の裁量に委ねられるため、このような指示は指揮命令に該当します。
具体的に指揮命令に該当するケースは以下のとおりです。
- 始業時間や終業時間を変更する
- 朝礼や定例会議への参加を義務付ける
- 常駐先の法定時間や休憩時間を遵守させる
- 特定の期間の休暇取得を指示する
- 残業や休日出勤を命令する
契約で合意している業務内容に前提となる提供時間が含まれている場合や、業務の性質上必要な場合を除き、一方的に時間を指定して従わせる行為は独立性を妨げる指揮命令です。作業時間の変更が必要な場合は、SES企業との協議を経て契約内容を変更する手続きが必要になります。
業務場所に関する指示
業務場所に関する指示とは、業務を遂行する場所について、契約内容に記載されていない場所をクライアント企業が一方的に指定する行為です。準委任契約では業務場所の決定も受託者の裁量に委ねられるため、このような指示は指揮命令に該当します。
具体的に指揮命令に該当するケースは以下のとおりです。
- 勤務場所を本社や別の事業所へ変更する
- 常駐先の休憩場所を指定する
- リモートワークから出社勤務への変更を命令する
- 客先の別拠点への移動を指示する
契約書に記載された業務場所以外でエンジニアを作業させたい場合は、事前にSES企業へ相談し、契約内容の変更または別途合意を得る必要があります。業務の提供方法や場所については、双方の認識にずれが生じないよう契約書に明記することが望ましい対応です。
契約外の業務に関する指示
契約外の業務に関する指示とは、契約で合意された業務範囲を超える作業について、クライアント企業がSESのエンジニアに直接依頼する行為です。準委任契約では契約内容に含まれない業務を強制することは受託者の独立性を妨げるため、このような指示は指揮命令に該当します。
具体的に指揮命令に該当するケースは以下のとおりです。
- システム開発とは無関係な事務作業を依頼する
- 別プロジェクトの開発業務を指示する
- 営業活動や顧客対応を命令する
- 社内の掃除や雑務への参加を求める
業務遂行上不要な朝礼や掃除などは、誠実労働義務に基づく職場秩序の維持を期待するものであり、会社と個人の間に強い従属関係があるとされるため、雇用関係であるはずだとの指摘を受けるおそれが特に大きいケースです。契約内容の変更や業務範囲の調整が必要な場合は、SES企業に相談する手順を踏む必要があります。
SES契約における正しい指示系統の構築と指揮命令の行使方法
p>SES契約では指揮命令権の所在を理解するだけではなく、適切な指示系統を構築し、実際にどのように指揮命令権を行使すべきかを知る必要があります。適切な体制のもとで権限を行使することによって、偽装請負のリスクを回避しながら円滑な業務遂行が可能になります。
SES契約における正しい指示系統の構築と指揮命令の行使方法として、以下の3つの観点から解説します。
- SES企業が行使する指揮命令権の範囲
- クライアント企業ができる適法な指示
- 指揮命令に該当しないコミュニケーション
それぞれの立場での適切な対応方法を理解することによって、法令遵守と業務効率の両立が実現できます。以下で詳しく解説していきます。
SES企業が行使する指揮命令権の範囲
SES企業は自社エンジニアに対して指揮命令権を保有しており、雇用契約に基づいて業務指示や労務管理を行う権限があります。この指揮命令権は雇用主としての責任の一環であり、適切に行使する必要があります。
SES企業が行使できる指揮命令権の範囲は以下のとおりです。
- 業務の進め方や手順に関する指示
- 作業時間や勤務場所の決定
- 品質管理や進捗管理のための指導
- 安全衛生管理や労務管理の実施
- スキルアップのための教育指導
SES企業は現場に作業員の指揮命令と労務管理を行う責任者を配置し、責任者を通じてエンジニアへ業務指示を出す体制を構築することが重要です。責任者の配置が形骸化していると、クライアント企業が直接指示を出している実態が認められ、偽装請負の懸念が生じるため注意が必要です。
クライアント企業ができる適法な指示
クライアント企業には指揮命令権がないものの、業務の性質上必要な範囲での指示や協議は適法と認められる場合があります。契約の目的を達成するために必要な情報提供や調整は、指揮命令ではなく正当な業務連携の範囲内です。
クライアント企業が適法に行える指示は以下のとおりです。
| 指示の種類 | 具体例 |
|---|---|
| 安全面を考慮した指示 | 作業現場での安全対策の遵守 機密情報の取り扱い方法の指示 |
| 品質確保のための指示 | 納品物の品質基準の提示 テスト項目の確認依頼 |
| 納期調整のための指示 | スケジュール変更の協議 関連部署との連携調整 |
| 業務遂行に必要な情報提供 | 仕様書やマニュアルの提供 システム要件の説明 |
| 法令順守に関する指示 | セキュリティポリシーの遵守 個人情報保護法の遵守 |
システム開発において事業の目的に照らして仕様の変更を協議したり、関連部署との連携のためにスケジュールを調整したりすることは、正当な業務連携の範囲内と認められます。ただし、これらの調整もSES企業の責任者を通じて行うことが原則です。
指揮命令に該当しないコミュニケーション
クライアント企業がSESのエンジニアと直接コミュニケーションを取ること自体は、必ずしも指揮命令に該当するわけではありません。業務の性質上必要な情報共有や協議は、適切な範囲内であれば問題なく行えます。
指揮命令に該当しないコミュニケーションは以下のとおりです。
- 進捗報告などの情報提供の要請
- 担当者のスキルシートの提出依頼
- 業務品質の確認や検収
- 成果物の内容確認や質問対応
- 会議や打ち合わせへの参加依頼
- 日常的な業務連絡や挨拶
- 車両の停車位置など施設利用に関する案内
これらのコミュニケーションは業務遂行に必要な情報交換であり、エンジニアの独立性を妨げるものではないため問題ありません。ただし、現場でのやり取りに迷った際や業務範囲の調整が必要になった場合は、まずSES企業に相談することが適切な対応です。
SES契約で指揮命令違反となった場合のリスク
SES契約において指揮命令違反を行うと、偽装請負として法令違反に該当し、企業に深刻な影響を及ぼす可能性があります。違反の事実が発覚した場合、罰則の対象となるだけではなく、企業の信用力低下や事業停止といった重大なリスクにもつながります。
指揮命令違反となった場合のリスクとして、以下の3つの観点から解説します。
- 偽装請負の定義と該当要件
- 違反した場合の具体的なペナルティ
- 違反を防ぐための対策方法
それぞれのリスクと対策を正確に理解することによって、法令遵守の徹底と企業の健全な運営が可能になります。以下で詳しく解説していきます。
偽装請負の定義と該当要件
偽装請負とは、形式的には請負契約や準委任契約でありながら、実態は労働者派遣または労働者供給となっている違法な状態を指します。SES契約において、本来指揮命令権のないクライアント企業がエンジニアに対して指揮命令を行っている状況が該当します。
偽装請負に該当する要件は以下のとおりです。
| 判断基準 | 該当する状態 |
|---|---|
| 指揮命令の実態 | クライアント企業が業務の進め方や時間を指示 エンジニアが派遣先の指示に従って業務遂行 |
| 独立性の有無 | SES企業の責任者が形骸化している 受託者が自己の裁量で業務を遂行できない |
| 雇用関係の実態 | クライアント企業との間に実質的な雇用関係 誠実労働義務に基づく職場秩序への従属 |
| 契約内容との乖離 | 契約書に記載のない業務や指示が常態化 実態が派遣契約と変わらない状況 |
偽装請負は労働者派遣法や職業安定法に違反する行為であり、無許可で人材派遣を行ったとみなされます。また、実態は雇用労働者であるにもかかわらず業務委託の形態がとられることで、労働基準法上の保護を受けられない状態も広く偽装請負に含まれます。
違反した場合の具体的なペナルティ
指揮命令違反が偽装請負と判断された場合、関係する法令に基づいて厳格なペナルティが科されます。違反の程度や内容によって適用される法令が異なり、発注側と受注側の双方が処分の対象となります。
違反した場合のペナルティは以下のとおりです。
| 違反法令 | 処分対象 | 罰則内容 |
|---|---|---|
| 労働者派遣法 | クライアント企業 SES企業 |
1年以下の懲役または100万円以下の罰金 事業停止命令 企業名の公表 |
| 職業安定法 | クライアント企業 SES企業 |
1年以下の懲役または100万円以下の罰金 勧告と公表 |
| 労働基準法 | SES企業 | 1年以下の懲役または50万円以下の罰金 中間搾取として処分 |
クライアント企業に対しては、厚生労働大臣による是正措置勧告がなされ、従わなかった場合は企業名を公表されるリスクがあります。社名公表による信用力の低下は、その後の事業活動に深刻な影響を及ぼします。また、SES企業が事業停止命令を受けた場合、エンジニアも仕事ができなくなる可能性があるため、全ての関係者にデメリットがあります。
違反を防ぐための対策方法
偽装請負を防ぐためには、契約締結の段階から実態に合わせた適切な契約を選択し、運用段階でも継続的に法令遵守を徹底する必要があります。クライアント企業、SES企業、エンジニアの三者それぞれが自身の役割と責任を正確に理解することが重要です。
違反を防ぐための対策方法は以下のとおりです。
- 契約締結時に実態に即した契約形態を選択する
- SES企業が責任者を配置し指揮命令系統を明確化する
- 業務内容や作業場所を契約書に詳細に記載する
- クライアント企業の要望はSES企業の責任者を通じて伝達する
- 定期的に契約内容と実態の乖離がないか確認する
- エンジニアが違反を感じた場合はSES企業に相談する
- 契約内容の変更が必要な場合は適切な手続きを経る
現場でクライアント企業から直接指示を受けた場合、SES契約を締結しているのであれば法律上それに従う必要はありません。ただし、現場で突っぱねることは難しいため、まずは派遣元のSES企業に相談し、SES企業からクライアント企業へ契約内容の確認や是正要請を出してもらう手順が適切です。