SES現場で社名を言わない理由
SES契約で客先常駐する際、自社の会社名ではなく別の会社名を名乗るように指示されたことはないでしょうか。この慣習は、SES業界では珍しくない現象であり、多くのエンジニアが同様の経験をしています。
SES現場で社名を言わない理由として、以下の3つがあります。
- 多重下請け構造を隠すため
- 再委託契約違反を隠すため
- 上位会社との関係を優先するため
それぞれの理由には、SES業界特有の契約構造や商慣習が関係しており、エンジニアの立場では理解しにくい側面があります。以下では、これらの理由について詳しく解説していきます。
多重下請け構造を隠すため
SES業界では、元請けから数社を経由して最終的にエンジニアが配属される多重下請け構造が一般的です。この構造をクライアントに知られると、中間マージンの多さや契約の複雑さが露呈してしまいます。
多重下請け構造の典型的なパターンは以下のとおりです。
| 階層 | 企業の役割 | マージン |
|---|---|---|
| 1次請け | 元請けから直接案件を受注 プロジェクト全体の管理を担当 |
売上の20%から30%を取得 |
| 2次請け | 1次請けから案件を受注 エンジニアの手配や管理 |
残額の20%から30%を取得 |
| 3次請け | 2次請けから案件を受注 実際のエンジニアを派遣 |
最終的に残った金額がエンジニアの給与 |
この構造を隠すために、現場では最も上位に近い会社名を名乗るよう指示されることがあります。クライアントに対して何社も経由している実態を知られないようにすることで、契約上の問題や中間マージンの多さを隠蔽する意図があるでしょう。
再委託契約違反を隠すため
準委任契約では、受注した案件を下請けに再委託することが原則として認められていません。しかし、実態としては再委託が頻繁に行われており、この契約違反を隠すために自社名を名乗らせない企業が存在します。
再委託が行われている場合の問題点は以下のとおりです。
- 元請けとの契約で再委託が禁止されている
- 個別の契約書で再委託の許可を得ていない
- クライアントに無断で第三者を現場に入れている
- 契約違反が発覚すると損害賠償の可能性
このような状況では、現場に入るエンジニアに対して「上位会社の名前で入館してください」「この会社名の名刺を使ってください」と指示が出されます。エンジニアが真実の所属企業を名乗ると、再委託の事実が露呈してしまうため、契約違反を隠蔽する目的で別の社名を名乗らせているのです。
上位会社との関係を優先するため
SES企業は、上位会社との継続的な取引関係を維持することを最優先に考えています。上位会社から案件を安定的に受注し続けるため、自社の存在を目立たせない方が都合が良いという判断があるでしょう。
上位会社との関係を優先する具体的な理由は以下のとおりです。
| 理由 | 詳細 |
|---|---|
| 継続受注の維持 | 上位会社の顔を立てることで 次の案件も受注しやすくなる |
| 営業コストの削減 | 自社で営業活動をしなくても 上位会社から案件が流れてくる |
| クレーム対応の回避 | 問題が発生した場合の責任を 上位会社に委ねることができる |
| ブランド力の利用 | 知名度の高い上位会社名を使うことで クライアントからの信頼を得やすい |
この結果、現場に配属されるエンジニアは自社の名前を名乗ることができず、上位会社の一員として扱われることになります。エンジニアにとっては自社への帰属意識が薄れる要因となり、キャリア形成にも悪影響を及ぼす可能性があるでしょう。
SES現場で社名を言わない場合の法律上の問題
SES現場で自社名を名乗らず別の会社名を名乗る行為は、法律上の問題を引き起こす可能性があります。特に労働者派遣法や契約法の観点から、複数の違反行為に該当するリスクが高いでしょう。
法律上の問題として、以下の2つが挙げられます。
- 偽装請負に該当する可能性
- 準委任契約違反の可能性
これらの問題は、単なる商慣習では済まされない深刻な違法行為です。以下では、それぞれの法律上の問題について詳しく解説していきます。
偽装請負に該当する可能性
偽装請負とは、契約上は業務委託や請負の形式を取りながら、実態としては労働者派遣と同じ状況で働かせることを指します。SES現場で社名を名乗らない行為は、この偽装請負に該当する可能性が高いでしょう。
偽装請負に該当する典型的な状況は以下のとおりです。
- クライアントの指揮命令下で業務を行っている
- 勤務時間や作業内容をクライアントが決定している
- 自社の上司ではなくクライアント担当者に報告している
- 派遣契約ではなく準委任契約や請負契約を結んでいる
- 複数の会社を経由しているが実態は単純な労働力の提供
偽装請負が発覚した場合、労働者派遣法違反として行政指導や罰則の対象となります。クライアント企業だけでなく、中間に入っているSES企業も処罰の対象となる可能性があるでしょう。さらに、エンジニア本人も意図せず違法行為に加担していることになり、トラブルに巻き込まれるリスクがあります。
準委任契約違反の可能性
準委任契約では、受注した業務を第三者に再委託する場合、事前にクライアントの承諾を得る必要があります。しかし、SES業界では無断で再委託を行い、その事実を隠すために別の社名を名乗らせるケースが少なくありません。
準委任契約違反となる具体的なケースは以下のとおりです。
| 違反のケース | 法律上の問題 |
|---|---|
| 無断での再委託 | 民法644条の2の規定に違反 クライアントは契約を解除できる |
| 虚偽の報告 | 詐欺罪に該当する可能性 損害賠償請求のリスク |
| 契約書との不一致 | 契約不履行として賠償責任 信用失墜による取引停止 |
| 情報管理の不備 | 個人情報保護法違反の可能性 秘密保持契約違反のリスク |
準委任契約違反が発覚すると、契約解除だけでなく損害賠償請求を受ける可能性があります。特に、エンジニアが誤った情報でセキュリティチェックを通過していた場合、情報漏洩などの重大なインシデントにつながるリスクも否定できません。このような状況に巻き込まれたエンジニアは、法的な責任を問われる可能性もあるでしょう。
SES現場で社名を言わないことによるエンジニアへの影響
SES現場で自社の社名を名乗れない状況は、エンジニア個人にとって様々な悪影響をもたらします。単なる商慣習として見過ごされがちですが、キャリア形成や精神面に深刻な問題を引き起こす可能性があるでしょう。
エンジニアへの影響として、以下の3つが挙げられます。
- 帰属意識の低下
- キャリア形成への悪影響
- トラブル時の責任の所在が不明確
これらの影響は、エンジニアの働きがいや成長機会を大きく損なうものです。以下では、それぞれの影響について詳しく解説していきます。
帰属意識の低下
自社の社名を名乗れない状況が続くと、エンジニアは自分がどの会社に所属しているのか曖昧になり、帰属意識が著しく低下します。この状態は、モチベーションの低下や離職率の上昇につながるでしょう。
帰属意識が低下する具体的な状況は以下のとおりです。
- 入館証や名刺が上位会社の名前になっている
- 自社の同僚と顔を合わせる機会がほとんどない
- 現場では別の会社の社員として扱われる
- 自社からのフォローや研修がほとんど提供されない
- 給与明細以外で自社を意識する機会がない
帰属意識の低下は、エンジニアが自社に対して愛着を持てなくなる要因となります。その結果、より良い条件の企業が見つかれば簡単に転職してしまう傾向が強まり、企業にとっても人材の定着率が下がる悪循環に陥るでしょう。また、エンジニア自身も所属企業への誇りを持てず、キャリアの方向性を見失いやすくなります。
キャリア形成への悪影響
自社名を名乗れないことは、エンジニアのキャリア形成にも深刻な悪影響を及ぼします。特に、実績の証明や人脈形成において大きな障害となるでしょう。
キャリア形成への悪影響の具体例は以下のとおりです。
| 影響の種類 | 具体的な問題 |
|---|---|
| 実績の証明が困難 | 履歴書や職務経歴書に正確な情報を書けない 転職時に経歴詐称を疑われる可能性 |
| 人脈形成の阻害 | 勉強会や技術コミュニティで本名を名乗れない 業界内での信頼関係を築きにくい |
| 技術発信の制限 | ブログやSNSで技術情報を公開できない 個人ブランドの構築が困難 |
| 成果の帰属先の曖昧さ | 自分の貢献が正当に評価されない ポートフォリオに記載できる実績が少ない |
これらの問題は、エンジニアが将来的により良い環境に転職しようとした際に大きな障壁となります。特に、技術力を証明するための実績や人脈が不足していると、市場価値が正当に評価されず、年収アップやキャリアアップの機会を逃してしまうでしょう。
トラブル時の責任の所在が不明確
SES現場で別の社名を名乗っている状況では、トラブルが発生した際に誰が責任を負うのか不明確になります。この曖昧さは、エンジニアにとって大きなリスクとなるでしょう。
責任の所在が不明確になる典型的な状況は以下のとおりです。
- システム障害が発生した際に誰に報告すべきか分からない
- クライアントから直接クレームを受けても対応できない
- 契約上の問題が起きた際に自社が関与しているか不明
- 労働時間の管理や残業代の請求先が曖昧
- ハラスメント被害を受けても相談先が分からない
特に深刻なのは、エンジニアが意図せず契約違反や法律違反に加担させられてしまうケースです。偽装請負の実態を知らされないまま現場で働いていた場合、トラブルが発覚した際にエンジニア本人も責任を問われる可能性があります。また、自社の営業担当者との連絡が取りづらい環境では、問題が発生してもすぐに相談できず、状況が悪化してしまうリスクもあるでしょう。