特定派遣廃止の背景と理由
特定派遣は2015年9月29日に廃止が決定され、2018年9月30日には経過措置期間も終了し完全に廃止されました。特定派遣が廃止されたことによって、IT業界の人材確保の方法に大きな変化が生じています。
廃止の背景を理解するため、以下の3つのポイントについて解説していきます。
- 特定派遣とは
- 特定派遣が廃止された理由
- 廃止のスケジュールと経過措置
それぞれの内容について、詳しく見ていきましょう。
特定派遣とは
特定派遣とは特定労働者派遣事業の略称で、派遣元企業とエンジニアが常用雇用契約を結び、派遣先企業で業務を行う派遣形態のことです。常用雇用とは、派遣先での就業期間が終了した後も派遣元企業との雇用関係が継続し、給与が支払われ続ける仕組みを指します。
一般派遣との大きな違いは、雇用の安定性にあります。一般派遣では派遣期間中のみ雇用契約が結ばれ、派遣先が決まらなければ収入を得られません。一方で特定派遣では、派遣先が決まっていない期間も派遣元企業から給与が支払われるため、エンジニアにとって安定した働き方でした。
| 項目 | 特定派遣 | 一般派遣 |
|---|---|---|
| 雇用形態 | 常用雇用 派遣先の有無に関わらず雇用関係が継続 |
登録型雇用 派遣期間中のみ雇用契約が成立 |
| 事業開始の要件 | 届出制 届出をすれば事業開始が可能 |
許可制 厚生労働大臣の許可が必要 |
| 雇用の安定性 | 高い 派遣先がない期間も給与支給 |
低い 派遣先がない期間は無収入 |
特定派遣は届出制で事業を開始できたため、参入障壁が低く多くの企業が参入していました。IT業界では、この特定派遣を活用してエンジニアを確保する企業が多く存在していたのです。
特定派遣が廃止された理由
特定派遣が廃止された主な理由は、常時雇用のルールを守らない派遣元企業が増加したことです。本来は無期雇用を前提とする制度でしたが、実際には数ヶ月単位の有期雇用契約を繰り返す事業者が多く存在していました。
無期雇用では派遣先が決まっていない期間も労働者に賃金を支払う必要があるため、それを逃れようと不正を働く企業が増えたと考えられます。また、届出制で参入障壁が低かったことから、資金力の少ない企業も事業を手掛けることができ、給与の未払いや突然の解雇などのトラブルも発生していました。
| 廃止理由 | 具体的な問題 |
|---|---|
| 常時雇用ルールの違反 | 有期雇用契約の繰り返しによる 実質的な登録型派遣化 |
| 派遣労働者の雇用不安定化 | 短期契約の終了 給与未払いや突然の解雇 |
| 参入障壁の低さ | 届出のみで事業開始可能 質の低い事業者の増加 |
| 行政処分の多さ | 一般派遣に比べて 法令違反が多数確認 |
このような実態の伴わない常用雇用が増えたことで、かえって派遣労働者の雇用が不安定になったことが特定派遣廃止の大きな要因となりました。派遣労働者の雇用の安定を図る目的で、特定派遣は廃止されるに至ったのです。
廃止のスケジュールと経過措置
特定派遣の廃止は、2015年9月29日に決定されました。ただし、すぐに完全廃止となったわけではなく、既存の特定派遣事業者には3年間の経過措置期間が設けられ、2018年9月29日まで事業を継続できました。
経過措置期間中は、特定派遣事業者に対して一般派遣事業への移行が求められ、厚生労働省からの労働者派遣事業許可を取得する必要がありました。許可を得るためには、資産要件や事業所の設備要件など、厳しい基準をクリアしなければなりません。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2015年9月29日 | 特定派遣廃止が決定 新規の届出受付終了 |
| 2015年9月30日 | 改正労働者派遣法施行 派遣事業が許可制に一本化 |
| 2015年9月30日から 2018年9月29日まで |
経過措置期間 既存事業者は特定派遣事業を継続可能 |
| 2018年9月30日 | 特定派遣完全廃止 すべての派遣事業が許可制に |
2018年9月30日以降、多くの企業が労働者派遣事業へ移行しましたが、許可取得の要件を満たせず派遣事業から撤退した企業も存在します。許可取得で苦心する事業者が多かったことから、SESや業務委託など別の契約形態へ移行する企業も増加しました。
特定派遣廃止後のSES活用企業の増加
特定派遣が廃止された後、IT業界ではSESを活用する企業が大幅に増加しました。特定派遣で人材を確保していた企業が、許可制への移行を避けてSESに切り替えたことが主な要因です。
SES活用が増えた背景には、以下の3つの要因があります。
- SESとは
- SES活用が増えた理由
- 偽装請負のリスク
それぞれについて、詳しく解説していきます。
SESとは
SESとはSystem Engineering Serviceの略称で、SES企業がクライアント企業にエンジニアを派遣し、技術力や労働力を提供するサービスのことです。SESでは基本的に準委任契約が締結され、業務の遂行に対して報酬が発生します。
特定派遣との最も大きな違いは、指揮命令系統にあります。特定派遣では派遣先企業がエンジニアに対して直接指示を出せましたが、SESでは準委任契約であるため、クライアント企業が直接指揮命令することはできません。エンジニアへの指示はSES企業が行い、クライアント企業はSES企業に対して業務の進め方を依頼する形になります。
| 項目 | SES | 特定派遣 |
|---|---|---|
| 契約形態 | 準委任契約 業務委託の一種 |
労働者派遣契約 派遣の一種 |
| 指揮命令権 | SES企業にある クライアント企業は直接指示不可 |
派遣先企業にある 派遣先が直接指示可能 |
| 契約期間制限 | なし 契約次第で長期就業が可能 |
最大3年 同一部署での就業制限あり |
| 事業開始の要件 | 許可不要 比較的容易に事業開始可能 |
届出制 廃止前は届出のみで可能 |
SESには派遣契約のような3年ルールが適用されないため、契約次第では長期間同じ現場で働くことも可能です。この柔軟性が、特定派遣廃止後にSESが注目された理由の一つとなっています。
SES活用が増えた理由
特定派遣廃止後にSES活用が増加した理由は、派遣事業の許可取得が困難であったことと、SES事業への参入障壁が低かったことです。派遣事業を継続するには厚生労働省から労働者派遣事業許可を取得する必要がありましたが、資産要件や事業所の設備要件など多くの条件を満たさなければなりません。
一方でSESは業務委託契約の一種であるため、派遣事業のような許可を得る必要がありませんでした。特定派遣事業を行っていた企業の多くは、許可取得の要件を満たせずSES企業に形態をシフトすることで、クライアント企業との取引を継続できたのです。
| SES活用増加の理由 | 詳細 |
|---|---|
| 派遣事業許可の取得困難 | 資産要件や事業所要件が厳しく 条件を満たせない企業が多数 |
| SES事業の参入障壁の低さ | 労働者派遣事業許可が不要 比較的容易に事業開始可能 |
| IT人材需要の継続 | 急激なIT化・DX化により エンジニア派遣のニーズは高い |
| 契約期間の柔軟性 | 3年ルールの適用外 長期間の就業が可能 |
また、急激なIT化やDX化の推進によってエンジニア派遣のニーズは依然として高いままであったことも、SES活用が増加した要因です。自社にはない技術力を借りながらソフトウェアやシステムを開発したいと考える企業からの一定のニーズがあり、SES企業が台頭する環境が整っていました。
偽装請負のリスク
SES活用が増加する一方で、偽装請負の危険性も高まっています。偽装請負とは、実質的に労働者派遣であるにも関わらず、請負契約や業務委託契約のように偽装する行為のことです。
特定派遣では派遣先企業がエンジニアに直接業務指示を出せましたが、SESは準委任契約であるため指示を出せません。この違いを理解せずにSES事業を開始した事業者が増えたことで、クライアント企業が直接エンジニアに指揮命令してしまう偽装請負が増加する懸念があります。
| 偽装請負に該当するケース | 具体例 |
|---|---|
| 直接的な業務指示 | クライアント企業が エンジニアに直接作業内容を指示 |
| 勤怠管理の実施 | クライアント企業が エンジニアの出退勤を管理 |
| 業務範囲外の指示 | SES企業の指示とは異なる 業務をクライアントが依頼 |
| 評価の実施 | クライアント企業が エンジニアの業務評価を実施 |
偽装請負が行われた場合、SES企業には1年以下の懲役または100万円以下の罰金が課されます。クライアント企業側も厚生労働省から是正勧告を受けたり、社名が公表されたりするリスクがあるため、SES契約を結ぶ際には指揮命令に該当するケースをしっかり把握しておく必要があります。
特定派遣廃止後のIT人材確保の方法
特定派遣廃止後、IT企業は新たな人材確保の方法を模索する必要に迫られました。派遣事業の許可取得が困難であったことから、多くの企業が代替手段を選択しています。
現在、IT人材を確保する主な方法として、以下の3つがあります。
- 労働者派遣の継続利用
- 業務委託契約の活用
- エンジニアの正社員雇用
それぞれの方法について、詳しく解説していきます。
労働者派遣の継続利用
特定派遣廃止後も、労働者派遣を利用してIT人材を確保することは可能です。派遣事業は許可制に一本化されましたが、クライアント企業側にとっては大きな変化はなく、派遣契約を継続して利用できます。
ただし、法改正によって変わった点として3年ルールを押さえておく必要があります。3年ルールとは、同じ派遣労働者を同じ事業所の同じ部署で3年を超えて受け入れることができないというルールです。改正前は専門26種に関しては雇用期間に制限がありませんでしたが、現在はすべての業務に適用されます。
| 項目 | 改正前 | 改正後 |
|---|---|---|
| 派遣事業の形態 | 一般派遣と特定派遣の2種類 | 労働者派遣事業に一本化 |
| 事業開始の要件 | 一般派遣は許可制 特定派遣は届出制 |
すべて許可制 厚生労働大臣の許可が必要 |
| 派遣期間の制限 | 専門26種は期間制限なし それ以外は最大3年 |
すべての業務で 同一部署は最大3年 |
3年以上同じ人材を確保したい場合は、派遣先企業で直接雇用の申し出も検討する必要があります。また、派遣労働者を受け入れる際には、二重派遣にならないよう注意が必要です。二重派遣とは、派遣先企業が派遣労働者をさらに別の企業へ派遣し作業させることで、法律で禁止されています。
業務委託契約の活用
特定派遣廃止後、業務委託契約でエンジニアを確保する企業も増加しました。業務委託とは、外部人材に業務を委託することで、自社と外部人材は雇用関係を結ばず対等な立場で業務を行います。
業務委託で扱う契約には準委任契約と請負契約があります。準委任契約は業務の遂行に対して報酬が発生し、請負契約は成果物の完成に対して報酬が発生する点が異なります。いずれの契約形態でも、IT人材に対してクライアント企業が指示を出すことはできません。
| 契約形態 | 特徴 |
|---|---|
| 準委任契約 | 業務の遂行に対して報酬が発生 成果物の完成義務なし SESで多く利用される |
| 請負契約 | 成果物の完成に対して報酬が発生 完成義務あり システム開発などで利用される |
専門性の高いプロジェクトなど、自社の社員がIT人材に対して指示を出す必要がないケースでは、高スキルのエンジニアに業務委託することでプロジェクトを効率的に進められる可能性があります。ただし、業務委託では派遣契約のように直接指示を出せないため、契約形態の違いを十分に理解したうえで活用する必要があります。
エンジニアの正社員雇用
特定派遣廃止により、正社員として雇用されるエンジニアも増加しました。派遣の雇用形態が労働者派遣事業として一般派遣のみに一本化され、派遣期間が最大3年と定められたことが背景にあります。
3年以上同じ職場や部署に派遣社員を受け入れられなくなったことから、派遣社員の正社員雇用が促される結果につながりました。派遣先企業の就業が3年を超えた場合、派遣社員は派遣元企業から別の派遣先企業を紹介してもらうか、現在の派遣先企業で直接雇用されるなどの待遇を選択することになります。
| 雇用形態 | メリット | デメリット |
|---|---|---|
| 正社員雇用 | 長期的な人材確保が可能 技術やノウハウが自社に蓄積 帰属意識が高まる |
採用コストがかかる 教育期間が必要 雇用リスクがある |
| 派遣契約 | 必要な期間だけ人材確保 採用コストを削減 即戦力を活用できる |
3年ルールの制限あり ノウハウが蓄積されにくい 帰属意識が低い |
正社員として雇用することで、長期的に同じ人材を確保でき、自社に技術やノウハウを蓄積できる点がメリットです。一方で、採用コストや教育期間が必要になる点はデメリットとなります。企業の状況やプロジェクトの性質に応じて、派遣契約と正社員雇用を使い分けることが求められています。