SES契約で働くエンジニアと出向で働く社員は、どちらも他社で業務に従事しますが、両者には契約形態や指揮命令権、給与の支払者など、法的な位置づけにおいて明確な違いがあります。これらの違いを正しく理解していないと、自分がどのような雇用形態で働いているのか、どのような法律の保護を受けられるのかが不明瞭なまま業務に従事することになります。
特に、SES契約と出向の違いを理解しておくことは、自分のキャリアを考える上でも重要です。契約形態の違いによって、働き方や将来のキャリアパスが大きく異なるためです。
この記事では、SES契約と出向の基本的な違いを詳しく解説し、それぞれの契約形態の特徴や法的な位置づけについて具体的に説明します。
SESと出向の基本的な違い
SES契約と出向は、どちらも他社で業務を行う働き方ですが、契約の法的性質や雇用関係において根本的に異なります。SES契約は業務委託契約の一種であり、出向は雇用契約に基づく働き方です。
両者の違いを理解するには、契約形態、指揮命令権の所在、給与と福利厚生の支払者という3つの視点から整理することが有効です。以下では、これらの違いについて詳しく解説します。
- 契約形態の違い
- 指揮命令権の所在の違い
- 給与と福利厚生の支払者の違い
それぞれの違いを正確に把握することで、自分がどのような働き方をしているのかを明確に理解できます。以下で各項目について詳しく見ていきましょう。
契約形態の違い
SES契約は、企業間で交わされる準委任契約に該当します。準委任契約とは、業務の遂行に対して報酬が支払われる契約形態であり、成果物の完成義務を負いません。
一方、出向は雇用契約に基づく働き方です。在籍出向の場合、労働者は元の企業に雇用されたまま出向先企業で業務に従事します。転籍出向の場合は、元の企業との雇用関係が終了し、出向先企業と新たな雇用契約を結びます。
| 項目 | SES契約 | 出向 |
|---|---|---|
| 契約の種類 | 企業間の準委任契約 業務遂行に対して報酬 |
雇用契約 労働者としての地位を保持 |
| 契約の当事者 | SES企業とクライアント企業 | 労働者と出向元企業または出向先企業 |
| 成果物の義務 | 原則として成果物の完成義務なし | 業務内容に応じて決定 |
この契約形態の違いにより、労働者の法的な立場や保護される権利が変わります。SES契約では企業間の契約が基本となるのに対し、出向では労働者個人の雇用関係が重要になります。
指揮命令権の所在の違い
SES契約における指揮命令権は、エンジニアが所属するSES企業にあります。クライアント企業はエンジニアに対して直接指揮命令を行うことができず、SES企業を通じて間接的に業務の要望を伝える形になります。
出向における指揮命令権は、出向先企業にあります。在籍出向の場合、労働者は出向元企業に籍を残しながらも、出向先企業の指揮命令を受けて業務に従事します。転籍出向の場合は、完全に出向先企業の指揮命令下で働きます。
| 働き方 | 指揮命令権の所在 | 業務指示の流れ |
|---|---|---|
| SES契約 | SES企業 | クライアント企業→SES企業→エンジニア |
| 在籍出向 | 出向先企業 | 出向先企業→出向者 |
| 転籍出向 | 出向先企業 | 出向先企業→出向者 |
この違いは、業務上のトラブルが発生した際の責任の所在や、労働条件の管理方法に直接影響します。指揮命令権の所在を正しく理解することは、偽装請負などの違法行為を防ぐ上でも重要です。
給与と福利厚生の支払者の違い
SES契約では、エンジニアの給与はSES企業から支払われます。クライアント企業はSES企業に対して業務遂行の対価を支払いますが、エンジニアに直接給与を支払うことはありません。福利厚生もSES企業が提供します。
出向における給与と福利厚生の支払者は、出向の形態によって異なります。在籍出向の場合、一般的には出向元企業が給与を支払い、出向先企業がその費用を負担します。転籍出向の場合は、出向先企業が給与と福利厚生を提供します。
| 働き方 | 給与の支払者 | 福利厚生の提供者 |
|---|---|---|
| SES契約 | SES企業 | SES企業 |
| 在籍出向 | 出向元企業 (出向先企業が費用負担) |
出向元企業 |
| 転籍出向 | 出向先企業 | 出向先企業 |
給与と福利厚生の支払者の違いは、社会保険の加入先や退職金の取り扱いにも影響します。自分がどの企業から給与を受け取っているかを正確に把握することは、将来のキャリアや老後の生活設計にも関わる重要なポイントです。
SESと出向の法的な位置づけの違い
SES契約と出向は、労働法上の扱いや適用される法律が大きく異なります。これらの違いを理解することは、自分がどのような法的保護を受けられるのか、どのようなリスクがあるのかを把握する上で重要です。
法的な違いを理解するには、労働法上の扱い、労働者派遣法との関係、偽装請負のリスクという3つの観点から整理することが効果的です。以下では、これらの違いについて詳しく解説します。
- 労働法上の扱いの違い
- 労働者派遣法との関係
- 偽装請負のリスク
これらの法的な違いを把握することで、SES契約と出向がそれぞれどのような法律に基づいて運用されるのかを正確に理解できます。以下で各項目について詳しく見ていきましょう。
労働法上の扱いの違い
SES契約は業務委託契約であるため、労働者派遣法の規制対象にはなりません。ただし、実態として労働者派遣に該当する場合には、偽装請負として違法と判断される可能性があります。SES契約では、クライアント企業がエンジニアに直接指揮命令を行うことは認められていません。
出向は雇用契約に基づく働き方であり、労働基準法や労働契約法の保護を受けます。在籍出向の場合、出向元企業と出向先企業の両方が労働条件について責任を負います。転籍出向の場合は、出向先企業が完全に労働条件について責任を負います。
| 項目 | SES契約 | 出向 |
|---|---|---|
| 契約の性質 | 業務委託契約 (企業間の契約) |
雇用契約 (労働者と企業の契約) |
| 適用される主な法律 | 民法(準委任契約の規定) 労働基準法(SES企業との関係) |
労働基準法 労働契約法 |
| 労働条件の決定 | SES企業との雇用契約による | 出向元企業または出向先企業との 雇用契約による |
| 解雇の規制 | SES企業との雇用契約に基づく | 労働契約法による厳格な規制 |
労働法上の扱いの違いは、労働者の権利保護や企業の責任範囲に大きな影響を与えます。SES契約では、エンジニアはSES企業の従業員として労働法の保護を受けますが、クライアント企業との間には直接の雇用関係が存在しません。出向では、労働者と出向先企業の間に直接の指揮命令関係が存在し、労働条件についても明確な取り決めが必要です。
労働者派遣法との関係
SES契約は準委任契約であり、原則として労働者派遣には該当しません。労働者派遣法では、労働者派遣とは自己の雇用する労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させることと定義されています。SES契約では指揮命令権がSES企業にあるため、この定義には該当しません。
ただし、実態としてクライアント企業がエンジニアに対して直接指揮命令を行っている場合、形式上は準委任契約であっても実質的には労働者派遣とみなされる可能性があります。この場合、偽装請負として労働者派遣法違反となり、是正指導や事業停止命令などの行政処分の対象となります。
| 項目 | 適法なSES契約 | 偽装請負 | 労働者派遣 |
|---|---|---|---|
| 指揮命令権 | SES企業 | 実態はクライアント企業 形式はSES企業 |
派遣先企業 |
| 契約形態 | 準委任契約 | 準委任契約 (形式のみ) |
労働者派遣契約 |
| 法的評価 | 適法 | 違法 (労働者派遣法違反) |
派遣事業許可があれば適法 |
出向は労働者派遣には該当しません。在籍出向の場合、労働者は出向元企業との雇用関係を維持したまま出向先企業で働きますが、出向先企業が指揮命令権を持つことは法律で認められています。これは、労働者派遣のように一時的に労働力を提供する関係ではなく、出向元企業と出向先企業の間の人事交流や組織再編の一環として行われるためです。
偽装請負のリスク
偽装請負とは、形式上は準委任契約や請負契約を結んでいるものの、実態としてはクライアント企業が労働者に対して直接指揮命令を行っている状態を指します。厚生労働省が公表している労働者派遣事業と請負により行われる事業との区分に関する基準(37号告示)では、請負事業として認められるための要件が定められています。
SES契約において偽装請負と判断されるリスクが高いケースは、クライアント企業がエンジニアに対して直接業務指示を行う場合、クライアント企業がエンジニアの勤怠管理を直接行う場合、SES企業がプロジェクトの進捗管理を行っていない場合などです。
- クライアント企業の担当者がエンジニアに直接作業内容を指示する
- クライアント企業がエンジニアの出退勤時間を直接管理する
- クライアント企業がエンジニアの業務評価を直接行う
- SES企業がプロジェクトの進捗を把握していない
- SES企業の責任者が現場に不在で管理が行われていない
偽装請負と判断された場合、SES企業とクライアント企業の両方が労働者派遣法違反として行政指導や事業停止命令の対象となります。また、労働契約申込みみなし制度により、クライアント企業がエンジニアに対して直接雇用の申込みをしたとみなされる可能性もあります。
出向においては、偽装請負のリスクは基本的にありません。在籍出向でも転籍出向でも、出向先企業が労働者に対して直接指揮命令を行うことは法律で認められているためです。ただし、出向の実施にあたっては労働者本人の同意が必要であり、出向命令が権利濫用に該当する場合には無効となる可能性があります。
SESの契約形態と働き方の特徴
SES契約は、IT業界において広く利用されている業務委託契約の一種です。システムエンジニアリングサービスの略称であり、エンジニアの技術力や専門スキルを提供するサービスを指します。
SES契約の特徴を理解するには、準委任契約の仕組み、客先常駐での業務スタイル、契約期間の定めという3つの観点から整理することが効果的です。以下では、これらの特徴について詳しく解説します。
- 準委任契約の仕組み
- 客先常駐での業務
- 契約期間の定め
これらの特徴を把握することで、SES契約がどのような働き方を提供するのかを具体的に理解できます。以下で各項目について詳しく見ていきましょう。
準委任契約の仕組み
SES契約は、法律的には準委任契約に該当します。準委任契約とは、民法第656条に規定されている契約形態であり、委任者が受任者に対して事務の処理を委託し、受任者がそれを承諾することで成立します。
準委任契約では、業務の遂行自体に対して報酬が支払われるため、成果物の完成義務を負いません。これは請負契約と異なる点であり、開発の遅延やプロジェクトの中断があっても、業務を遂行した時間分の報酬を受け取ることができます。
| 項目 | 準委任契約(SES) | 請負契約 |
|---|---|---|
| 報酬の対象 | 業務の遂行 | 成果物の完成 |
| 成果物の義務 | なし | あり |
| 契約不適合責任 | 原則としてなし | あり |
| 報酬の支払時期 | 業務遂行期間に応じて | 成果物の納品後 |
準委任契約には、善管注意義務が課されます。善管注意義務とは、善良な管理者としての注意をもって委任事務を処理する義務のことであり、エンジニアは専門家として求められる水準で業務を遂行する必要があります。
客先常駐での業務
SES契約では、エンジニアはクライアント企業のオフィスに常駐して業務を行うのが一般的です。自社のオフィスではなく、クライアント企業の開発現場で技術支援や開発業務に従事します。
客先常駐の形態は、プロジェクトの規模や内容によって異なります。単独で常駐する場合もあれば、チーム単位で常駐する場合もあります。近年では、リモートワークの普及により物理的な常駐が減少し、オンラインでの業務遂行も増えています。
- クライアント企業の開発環境で業務を行う
- クライアント企業が用意した設備や機器を使用する
- クライアント企業の他のエンジニアと協力してプロジェクトを進める
- 業務の進捗報告はSES企業に対して行う
- リモートワークによる在宅での業務も可能
客先常駐では、クライアント企業の業務ルールやセキュリティポリシーに従う必要があります。ただし、指揮命令権はSES企業にあるため、クライアント企業から直接指示を受けて業務を行うことは偽装請負に該当する可能性があります。
契約期間の定め
SES契約における契約期間は、プロジェクトの規模や内容に応じて柔軟に設定されます。短期間のスポット契約から、数年にわたる長期契約まで、さまざまな形態が存在します。
派遣契約では労働者派遣法により同一組織での勤務期間が原則として3年に制限されますが、SES契約にはこのような法律上の期間制限がありません。そのため、大規模なプロジェクトや長期的な保守運用業務にも対応できます。
| 契約形態 | 契約期間の制限 | 更新の可否 |
|---|---|---|
| SES契約(準委任) | 法律上の制限なし | 双方合意で可能 |
| 派遣契約 | 原則として最長3年 (同一組織での勤務) |
条件付きで可能 |
| 請負契約 | 成果物の納期による | 新規契約として可能 |
契約期間が終了した後は、新たなプロジェクトに移動するか、同じクライアント企業での契約を更新するかを選択できます。エンジニアのスキルや希望、クライアント企業のニーズに応じて、柔軟なキャリア形成が可能です。
出向の種類と雇用関係の特徴
出向は、労働者が現在所属している企業から、別の企業に一時的に移動して業務を行う働き方です。出向には在籍出向と転籍出向の2つの形態があり、それぞれ雇用関係や労働条件が大きく異なります。
出向の特徴を理解するには、在籍出向の仕組み、転籍出向の仕組み、出向先での業務という3つの観点から整理することが重要です。以下では、これらの特徴について詳しく解説します。
- 在籍出向の仕組み
- 転籍出向の仕組み
- 出向先での業務
これらの仕組みを理解することで、出向がどのような雇用形態であり、どのような法的保護を受けられるのかを把握できます。以下で各項目について詳しく見ていきましょう。
在籍出向の仕組み
在籍出向とは、労働者が出向元企業との雇用契約を維持したまま、出向先企業で業務に従事する働き方です。労働者は出向元企業の従業員としての地位を保持しながら、出向先企業の指揮命令を受けて働きます。
在籍出向では、出向元企業と出向先企業の両方と雇用関係が存在する状態になります。給与は一般的に出向元企業から支払われますが、出向先企業がその費用を負担することが多いです。社会保険や福利厚生は、基本的に出向元企業のものが適用されます。
| 項目 | 在籍出向の特徴 |
|---|---|
| 雇用契約 | 出向元企業との雇用契約は継続 |
| 指揮命令権 | 出向先企業が保有 |
| 給与の支払 | 出向元企業から支払われる (出向先企業が費用負担) |
| 社会保険 | 出向元企業で継続加入 |
| 福利厚生 | 出向元企業のものが適用 |
| 出向期間終了後 | 出向元企業に復帰 |
在籍出向は、企業グループ内での人材交流や、特定の技術やノウハウの習得を目的として行われることが多いです。出向期間終了後は出向元企業に戻るため、長期的なキャリアは出向元企業での勤務を前提として形成されます。
転籍出向の仕組み
転籍出向とは、労働者が出向元企業との雇用契約を終了し、出向先企業と新たな雇用契約を結ぶ働き方です。出向元企業との雇用関係は完全に終了するため、在籍出向とは異なり、出向元企業に戻ることはありません。
転籍出向では、労働者は完全に出向先企業の従業員となります。給与、社会保険、福利厚生のすべてが出向先企業から提供され、出向先企業の就業規則や労働条件が適用されます。退職金の取り扱いなども、出向先企業の規定に従います。
| 項目 | 転籍出向の特徴 |
|---|---|
| 雇用契約 | 出向元企業との契約終了 出向先企業と新規契約 |
| 指揮命令権 | 出向先企業が保有 |
| 給与の支払 | 出向先企業から支払われる |
| 社会保険 | 出向先企業で新規加入 |
| 福利厚生 | 出向先企業のものが適用 |
| 出向元企業への復帰 | 原則として不可 |
転籍出向は、企業の組織再編や事業譲渡に伴って行われることが多く、労働者の同意が必須です。転籍出向によって労働条件が変更される場合もあるため、事前に十分な説明を受け、納得した上で同意することが重要です。
出向先での業務
出向者は、出向先企業で通常の従業員と同様に業務に従事します。在籍出向と転籍出向のいずれの場合でも、出向先企業の指揮命令を受けて働くため、業務内容や勤務時間は出向先企業の規定に従います。
出向先での業務は、出向者の専門性や経験を活かす形で設定されることが一般的です。新しい技術やノウハウの習得、マネジメント経験の蓄積、グループ企業間の連携強化など、さまざまな目的で出向が活用されます。
- 出向先企業の就業規則に従って勤務する
- 出向先企業の上司や同僚と協力して業務を進める
- 出向先企業の業務ルールやセキュリティポリシーを遵守する
- 出向先企業の評価制度に基づいて業績評価を受ける
- 出向先企業の設備や機器を使用して業務を行う
出向者の労働条件は、出向契約や出向協定によって定められます。在籍出向の場合、出向元企業と出向先企業の労働条件が異なる場合には、どちらの条件を適用するかを明確にしておくことが重要です。転籍出向の場合は、出向先企業の労働条件がそのまま適用されます。