SES契約における成果完成型とは
SES契約を結ぶ際に、成果完成型という契約形態を耳にしたことがあるでしょうか。SES契約における成果完成型は、準委任契約の一種として2020年4月の民法改正で新たに追加された契約形態です。従来の履行割合型との違いを理解することで、プロジェクトの特性に応じた適切な契約選択が可能になります。
SES契約における成果完成型を理解するために、以下の3つのポイントがあります。
- 成果完成型の定義
- SES契約での位置づけ
- 2020年民法改正での追加背景
それぞれの内容を詳しく解説していきます。各ポイントを押さえることで、SES契約における成果完成型の全体像が明確になり、実務での適切な判断材料となるでしょう。
成果完成型の定義
成果完成型とは、業務の履行によって得られる成果に対して報酬が支払われる準委任契約の形態です。民法第648条の2第1項に規定されており、成果物の納品をもって報酬支払いの条件とする点が特徴となります。
成果完成型の主な特徴は以下のとおりです。
- 成果物の納品が報酬発生の条件となる
- 仕事の完成義務は発生しない
- 善管注意義務は負う必要がある
- 履行割合型と異なり労働時間ではなく成果で評価される
請負契約と似た側面がありますが、成果完成型では仕事の完成義務を負わない点で明確に異なります。善管注意義務を果たしていれば、予定どおりプロジェクトが完了しなくとも債務不履行責任を負わないという特性があり、契約当事者双方にとって柔軟な対応が可能となるでしょう。
SES契約での位置づけ
SES契約は法的には準委任契約に該当し、成果完成型はその準委任契約の一形態として位置づけられます。SES契約では、システムエンジニアの技術力を提供することが主な目的であり、その提供方法として成果完成型または履行割合型のいずれかを選択できます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 契約の種類 | 業務委託契約の一種(準委任契約) |
| 報酬の対象 | 成果物の納品 |
| 主な用途 | システム開発、インフラ環境構築、保守運用など |
| 契約当事者 | クライアント企業と技術提供企業(ベンダー) |
SES契約において成果完成型を選択する場合、クライアント企業は成果物の納品を条件として報酬を支払うため、履行割合型と比べて成果物に対する期待値が明確になります。ただし、指揮命令権はあくまでベンダー側にあるため、偽装請負とならないよう注意が必要です。
2020年民法改正での追加背景
2020年4月1日に施行された改正民法により、準委任契約に成果完成型が新たに追加されました。この改正は、従来の履行割合型だけでは対応しきれなかったシステム開発などの実務上のニーズに応えるためのものです。
改正の主な背景は以下のとおりです。
- IT業界でのシステム開発案件の増加
- 成果物の納品を求める企業のニーズ増大
- 履行割合型では成果物未完成でも報酬支払いが必要となるリスク
- 請負契約では仕様変更への柔軟な対応が困難
改正前は、成果物の納品を条件とする場合は請負契約を選択せざるを得ませんでしたが、請負契約では仕事の完成義務が発生するため、仕様変更や要件調整に柔軟に対応しにくいという課題がありました。成果完成型の追加により、成果物の納品を求めつつも柔軟な対応が可能な契約形態が実現し、IT業界の実務により適した選択肢が生まれたといえるでしょう。
SES契約の成果完成型と履行割合型の違い
SES契約における準委任契約には成果完成型と履行割合型の2種類が存在し、それぞれ報酬の支払い方法や業務完了時の扱いが大きく異なります。プロジェクトの性質や発注側の要望に応じて適切な契約形態を選択することで、双方にとってリスクを最小限に抑えた契約が可能になるでしょう。
成果完成型と履行割合型の違いとして、以下の2つがあります。
- 報酬の支払時期の違い
- 業務が完成しなかった場合の報酬請求の違い
それぞれの違いを理解することで、自社のプロジェクトにどちらの契約形態が適しているかを判断できます。以下では各違いについて詳しく解説していきます。
報酬の支払時期の違い
成果完成型と履行割合型では、報酬が発生するタイミングが明確に異なります。成果完成型は民法第648条の2第1項に基づき成果の引渡しと同時に報酬が発生し、履行割合型は民法第648条2項に基づき委任事務を履行した後に報酬が発生します。
| 契約形態 | 報酬の支払時期 | 具体例 |
|---|---|---|
| 成果完成型 | 成果の引渡しと同時 | 要件定義書や外部設計書などの納品時に報酬を支払う |
| 履行割合型 | 委任事務を履行した後 | 納品とは関係なく月毎に報酬を支払う |
システム開発の現場では、成果完成型の場合は契約で定めた成果物の納品時に報酬を支払うため、発注側は成果物を確認してから支払いができます。一方、履行割合型では業務の遂行に対して報酬が発生するため、月単位や週単位での定期的な支払いが一般的となり、成果物の有無に関わらず報酬支払いが発生する点が大きな違いといえるでしょう。
業務が完成しなかった場合の報酬請求の違い
プロジェクトが何らかの理由で完了しなかった場合、成果完成型と履行割合型では報酬請求の扱いが大きく異なります。この違いを理解しておくことで、プロジェクト中断時のリスク管理が可能になります。
| 契約形態 | 業務未完成時の報酬請求 | 法的根拠 |
|---|---|---|
| 成果完成型 | 完成した可分な部分の給付によって 注文者が利益を受けるときは 当該利益の割合に応じた部分報酬 |
民法第634条 民法第648条の2第2項 |
| 履行割合型 | 既履行の割合に応じた報酬 | 民法第648条3項 |
システム開発を例にすると、成果完成型では仕掛品である中間成果物の価値に応じて報酬を請求できます。一方、履行割合型では仕掛品の有無に関わらず、既に実施した作業の割合に応じて報酬を請求できるため、ベンダー側にとってはより確実に報酬を得られる契約形態といえるでしょう。
SES契約の成果完成型と請負契約の違い
SES契約の成果完成型は、成果物の納品に対して報酬が支払われる点で請負契約と似ていますが、法的な性質や責任範囲において明確な違いがあります。この違いを正確に理解することで、プロジェクトの特性やリスク許容度に応じた適切な契約形態の選択が可能になるでしょう。
成果完成型と請負契約の違いとして、以下の3つがあります。
- 仕事の完成義務の有無
- 契約不適合責任の違い
- 報酬発生のタイミングの違い
これらの違いを理解することで、仕様変更が発生しやすいプロジェクトや品質基準が厳格なプロジェクトにおいて、どちらの契約形態がより適しているかを判断できます。以下では各違いについて詳しく解説していきます。
仕事の完成義務の有無
成果完成型と請負契約の最も大きな違いは、仕事の完成義務の有無にあります。請負契約では民法第632条に基づき仕事の完成義務が発生しますが、成果完成型では善管注意義務を果たしていれば完成義務を負いません。
| 契約形態 | 完成義務 | 未完成時の責任 |
|---|---|---|
| 成果完成型 | なし 善管注意義務のみ |
善管注意義務を果たしていれば 債務不履行責任を負わない |
| 請負契約 | あり 仕事の完成が必須 |
契約期間内に成果物を納品できなければ 契約不履行となり損害賠償請求の対象 |
システム開発の実務では、仕様変更や要件の追加が頻繁に発生するため、成果完成型の方が柔軟な対応が可能です。請負契約では仕事の完成義務があるため、仕様変更が発生した場合は契約内容を変更して再度契約する必要がありますが、成果完成型では委託先と協議しながら柔軟に対応できる点が大きなメリットといえるでしょう。
契約不適合責任の違い
契約不適合責任とは、納品された成果物の種類や数量、品質に不備があった場合に受注者が負う責任のことです。請負契約と成果完成型では、この責任の範囲と内容が異なります。
契約不適合責任の違いは以下のとおりです。
- 請負契約では契約不適合責任が明確に規定されている
- 成果完成型では契約不適合責任の規定はないが善管注意義務がある
- 請負契約では修正や減額要求、損害賠償請求が可能
- 成果完成型では善管注意義務違反の場合のみ損害賠償請求が可能
請負契約では、納品された成果物が契約内容と異なる場合、発注者は受注者に対して成果物の修正や不足部分の納品、報酬の減額要求、損害賠償請求などを求めることができます。一方、成果完成型では報酬を支払う対象が成果物ではなく作業であることが前提となるため、契約不適合責任を問うことはできませんが、受注者が善管注意義務を果たしていない場合には損害賠償請求が可能となります。
報酬発生のタイミングの違い
成果完成型と請負契約では、報酬が発生する具体的なタイミングに違いがあります。どちらも成果物に対して報酬が支払われる点では共通していますが、支払いの条件となる「完成」の定義が異なります。
| 契約形態 | 報酬発生のタイミング | 具体例 |
|---|---|---|
| 成果完成型 | 成果が完成したとき | 事業戦略コンサルタントに依頼した調査書が 要件を満たした成果物として納品された時点 |
| 請負契約 | 仕事の完成時 | 建設業者に依頼した住宅工事が 新築として完成した時点 |
請負契約では仕事そのものの完成が報酬発生の条件となるため、完成の基準が厳格に定められます。一方、成果完成型では成果物が完成したタイミングで報酬が発生するため、完成の基準について双方で合意しやすく、柔軟な運用が可能です。システム開発においては、成果完成型の方が段階的な納品や部分的な成果物の受け渡しに対応しやすいといえるでしょう。
SES契約で成果完成型を選ぶメリットとデメリット
SES契約において成果完成型を選択する場合、企業側とエンジニア側の双方にメリットとデメリットが存在します。契約形態の選択は、プロジェクトの成功や双方の満足度に直結するため、それぞれの立場から見た利点と欠点を正確に理解することが重要です。
成果完成型の特徴を理解することで、自社のプロジェクトや状況に応じた適切な契約形態の選択が可能になります。以下ではメリット・デメリットについて詳しく解説していきます。
企業側のメリット
企業がSES契約で成果完成型を選択する場合、成果物の納品を条件として報酬を支払うため、履行割合型と比べて明確な成果を求めやすい点がメリットとなります。報酬の支払いが成果物の納品後となるため、費用対効果を確認してから支払いができます。
企業側の主なメリットは以下のとおりです。
- 成果物を確認してから報酬を支払える
- プロジェクトの進捗が成果物で可視化される
- 品質基準を明確に定めやすい
- 納期を設定して管理しやすい
成果完成型では、要件定義書や外部設計書などの具体的な成果物が納品されるタイミングで報酬が発生するため、企業は成果物の品質や内容を確認してから支払いを行えます。また、請負契約と異なり善管注意義務のみを負うため、仕様変更や要件調整にも柔軟に対応できる点が大きなメリットといえるでしょう。
企業側のデメリット
成果完成型を選択した場合、企業側にはいくつかのデメリットも存在します。特に、指揮命令権がベンダー側にあるため、業務の進め方について直接的な指示ができない点に注意が必要です。
| デメリット | 内容 |
|---|---|
| 指揮命令権がない | 業務の進行は受託側が管理するため 発注者側は直接的な指示ができない 偽装請負にならないよう注意が必要 |
| 成果物の定義が困難な場合がある | 明確な成果物が定義できないプロジェクトでは 履行割合型の方が適している |
| 柔軟性と管理のバランス | 仕様変更には対応しやすいが 進捗管理が難しくなる可能性がある |
SES契約では、クライアント企業が常駐しているエンジニアに対して直接指示を出すと偽装請負とみなされる可能性があるため、成果完成型であっても指揮命令権はベンダー側に残ります。また、プロジェクトによっては明確な成果物を定義することが困難な場合もあり、そのような場合は履行割合型の方が適切な選択となるでしょう。
エンジニア側の視点
SES契約における成果完成型は、エンジニア側にとっても影響があります。ベンダー企業やエンジニア自身の立場から見た場合、成果完成型と履行割合型では報酬の確実性や業務の進め方に違いが生じます。
エンジニア側から見た成果完成型の特徴は以下のとおりです。
- 成果物が完成しなければ報酬が得られないリスクがある
- 履行割合型と比べて報酬の確実性が低い
- 成果物の品質に対する責任が重くなる
- プロジェクト中断時に部分報酬を請求できる場合がある
ベンダー企業の視点では、成果完成型よりも履行割合型の方が有利といえます。なぜなら、履行割合型では業務を遂行した分だけ報酬が発生するため、成果物が未完成でも報酬を請求できるからです。一方、成果完成型では成果物が完成しないと報酬が得られないため、クライアント企業から未完成を理由に支払いを拒否されるリスクがあります。ただし、契約書上で具体的な条項を定めておけば、このリスクを軽減できるでしょう。
SES契約で成果完成型が適している場合
SES契約において成果完成型を選択すべきかどうかは、プロジェクトの特性や成果物の性質によって判断する必要があります。適切な契約形態を選択することで、双方にとってリスクを最小限に抑えながら、プロジェクトを円滑に進めることが可能になります。
成果完成型が適している場合として、以下の3つがあります。
- 成果物が明確に定義できる場合
- 納期が確定している場合
- 品質基準が明確な場合
これらの条件が揃っているプロジェクトでは、成果完成型を選択することで企業側は成果物の品質を担保しやすく、ベンダー側も明確な目標に向けて業務を遂行できます。以下では各ケースについて詳しく解説していきます。
成果物が明確に定義できる場合
成果完成型が最も適しているのは、納品すべき成果物が事前に明確に定義できる場合です。成果物の種類や内容、仕様が具体的に定められていれば、双方で認識のズレが生じにくく、トラブルを防ぐことができます。
成果物が明確に定義できる具体例は以下のとおりです。
- Webサイトの制作でページ数や機能が確定している
- 要件定義書や外部設計書など文書の作成
- データベースの設計書やER図の作成
- 特定の機能を持つモジュールやコンポーネントの開発
例えば、企業サイトのリニューアルで10ページの構成と各ページの機能が事前に決まっている場合、成果物として「10ページで構成されたWebサイト」を明確に定義できます。このように成果物が具体的であれば、納品時の検収もスムーズに進み、成果完成型の契約が適しているといえるでしょう。
納期が確定している場合
プロジェクトの納期が確定しており、その期限までに成果物を納品する必要がある場合、成果完成型が適しています。納期が明確であれば、スケジュール管理がしやすく、双方で進捗を共有しながらプロジェクトを進められます。
| 納期の状況 | 適した契約形態 | 理由 |
|---|---|---|
| 納期が確定 | 成果完成型 | 納品タイミングが明確なため 報酬支払いの条件も明確化できる |
| 納期が不確定 | 履行割合型 | 長期プロジェクトや継続的な保守業務では 定期的な報酬支払いの方が適している |
| 段階的な納期 | 成果完成型 (段階契約) |
フェーズごとに成果物と納期を設定し 段階的に報酬を支払う |
システム開発では、要件定義から基本設計、詳細設計、実装、テストというフェーズに分かれることが多く、各フェーズで成果物と納期を設定できます。このような場合、各フェーズを成果完成型の契約として段階的に進めることで、進捗管理と品質管理の両方を実現できるでしょう。
品質基準が明確な場合
成果物に対する品質基準が事前に明確に定められている場合、成果完成型が適しています。品質基準が明確であれば、納品時の検収がスムーズに進み、双方の認識のズレによるトラブルを防ぐことができます。
品質基準が明確な場合の特徴は以下のとおりです。
- 性能要件が数値で定義されている
- セキュリティ基準が明確に定められている
- テスト項目と合格基準が事前に設定されている
- ドキュメントの記載項目と形式が決まっている
例えば、Webサイトの制作において「ページ読み込み速度が3秒以内」「レスポンシブデザイン対応」「特定のブラウザでの動作保証」といった品質基準が明確に定められていれば、納品時にこれらの基準を満たしているかを客観的に判断できます。品質基準が曖昧な場合は、納品後にクライアント側が「求めていた品質ではない」と主張するリスクがあるため、成果完成型を選択する際は品質基準を契約書に明記することが重要です。